給料は高く、景気に左右されず安定している。
医師という職業は、このように思われる事が多い。
もちろん、人によって基準は違う。年収600万を高いと思う人もいれば、1000万を安いと思う人もいるだろう。仕事の内容による、という人もいると思う。
医師の給料は、その労働時間、労働内容から妥当だと言えるほどではない。
医者はバイト無しでは生きていけない?ー医師の給料平均ついて
これに関しては様々な報告がある。
勤務医と開業医の収入は明確に開きがあるため、ここでは勤務医について考える事にする。
勤務医の給料平均
勤務医の給料平均は1200万くらいだと言っている調査もあれば、1500万くらいだったというアンケート調査もある。どれが真実なのか、という事に関してははっきり言って判断できない。
そして無意味である。
何故ならば、一口に勤務医と言っても給与体系がバラバラだからである。
初期研修医はそれより上の医師と比べて明らかに低い(半分から1/3程度)し、一般的に部長クラスの勤務医であれば2000万程度あって普通である。
また、医師という人材にも市場原理が働いており、地域によってかなり偏りがある。
給与が低くても人気の地域や病院には人が集まるし、ど田舎で人気がない地域はかなりの高給を出しても医師確保ができない。地域の医師の偏在は、医師の給与体系にも影響を与えている。
さらに、専門科によって最終的な給料が異なるケースがある。
とにかく、「勤務医の平均」は年齢、勤務地、専門科など多くの要素を混ぜ込んだ「平均」であり、それ自体には何ら意味を見出さない。
3倍の差がある初期研修医の給料
初期研修医の給料は、病院のホームページで確認する事ができる。
一部の病院では公開していないが、多くは参考年収を公開している。
なぜならば、今の時代は初期研修先もインターネットで調べる時代であり、勤務条件や給料など具体的な数値をホームページに記載していない事は人材獲得競争に際して不利だからだ。
初期研修医の給料は、おおよそ低くて年300万程度、高くて年1000万くらいである。同じ国の同じ医師免許を取った初期研修医でも、これほどの開きが存在する。
一般に都会の人気病院の給料は低く、田舎の不人気病院の給料は高い傾向にある。
特に、「初期研修医にどこの病院に行くか」は医師不足の地域や病院からは非常に重要である。
なぜならば、医師が初期研修をした病院にそのまま残ったり、その地域に根付いてくれる可能性があるからである。大体は結婚出産などの人生のイベントがあったり、何かしらの人生イベントが付随する事でその地域に根付く事が多い。
余談だが、そういった意味では初期研修医の配偶者となるような若い女性(もしくは男性)スタッフを病院が潤沢に持っている、という事も、ある意味将来的な医師確保の重要な要素の1つとなるだろう。
青田買いされる初期研修医
話を戻す。
医師を確保する事に躍起になっている地域や病院が、医師という人材が市場に解放された今の状況を利用して初期研修医を「青田買い」する事は非常に重要な戦略である。
差額の700万を2年、1400万を支払う事で医師1人を確保できるのであれば、医師不足であえいでいる地域や病院にとっては十分ペイするのかもしれない。
このような事情から、初期研修医の給料は開きがある。
同じ原理で、初期研修医より上の医師、専門医クラスですら、病院の給料には地域による差が存在する。しかし、初期研修医の方が「給料による青田買い」効果が高いため(年齢が若く地域に根付く可能性が高いから)、初期研修医ほどの差額は地域によって生まれない。
それほど増えない、初期研修医以降の給料
初期研修医以降の給料はというと、ざっくり言えば以下のような感じである。
- 後期研修医(30代半ば):1200万前後
- 専門医(40歳手前):1500万前後
- 指導医、部長クラス:1700万〜2000万前後
こう見ると、あまり給料が増えない事がわかる。一般企業の上昇率などから比べると、特に中年までの給料がほとんど若手と変わらないで据え置きなのが異なる。
そして、膨張し続ける医療費と、それを抑制しようとしている政府がいる中で、この給与水準が保たれるかどうかは疑問である。
しかし、これらの値段はあくまで市中病院の話であって、大学病院の給料は驚くほど少ない。
大学病院では、ざっくり言えば以下のようである。
- 後期研修医(30代半ば):300万前後
- 専門医(40歳手前):500万前後
- 指導医、部長クラス:600万前後
圧倒的に少ない。約3分の1である。
大学病院の給料が少ないのも、市場原理による。その話をするには、医局というシステムについて理解する必要がある。
医局が「非常勤医師のバイト先」を確保していた時代
一言で言うと、医局というのは教授を頂点としたヒエラルキーチームで、1つの国のようなものである。
医局に入ると、様々な病院を転々とし、様々な知識や経験を積む事ができ、専門医を取得する事ができる。これが若手医師が医局に属するメリットである。
医局側は、医師という人材を病院に送り込み、もともといた医師を大学病院に戻って来させたりして、とにかく人を回転させる。
そうすると、病院としては医局に
良い医師をたくさん送ってください
とお願いをする。
医局の人事権を握る、教授をトップとする組織の上層部にゴマをすりまくる。
こうする事で、医局は「医師の人事権」をつかみ、それを利用し病院と強固な関係を築いてきた。いわゆる「関連病院」と呼ばれる病院群ができあがった。
若手の医師からすると、医師として一人前になり最新の医療を学ぶべく「医局に入る」というのはスタンダードな道であった。
このように、大学病院は給料が低くても「医局」というシステムを利用する事で医師という人材を自動で確保できるため、市場原理からはかけ離れた値段で医師という人材を安く買い叩く事ができる。
しかし最近は医師人材がインターネットにより市場解放され、医局の人気が減ってきてしまっている。
医局について詳しく知りたい場合は、医者の世界独自の組織「医局」とは?を参照。
なぜ医者はバイトだけで生きていけるのか?
医師は給料を十分もらっているはずなのに、なぜバイトをするのだろう
一般の人からしたら、そういった感覚を持つ人も多いと思う。
しかし、日本において医師にとってバイトはライフラインであり、切っても切り離せない状況にある。
病院の給料よりもバイト代が高い、という事実
大学病院に勤めていると、病院からもらえる給料が極端に低いのは上記の通りである。これでは生活が立ち行かなくなってしまう。
市中病院から大学病院に転勤した医師などは、元の生活水準を保つためにいわゆるバイトをする。この医師のバイトというのが、摩訶不思議な事になっているのである。
バイトの相場は、専門性の高さと時間によって決定される。ざっくり書くと以下のようである。
- 半日(非専門):5万円
- 半日(専門):10万円
- 1日(非専門):10万円
- 1日(専門):20万円
もちろん、専門科よって多少は異なる。
さて、ここでおかしい事に気がつく人がいるだろう。そう、上記の医師の給料に比べて、バイトの値段が高すぎるのである。
バイトだけの医師が週5日、月20日、年間240日働いたとすると、専門科であれば年収4800万になる。非専門でも2400万。上記の部長クラスの給料を大きく上回っていると言える。
市場原理から考えると、明らかにおかしい事がおこっているのである。
その原因は、上記の医局にある。
人事権とバイト確保の関係性の崩壊
大学病院に勤めている医師(=医局に入っている医師=医局員)の人事権は医局のお偉いさんが握っており、大学病院だけの給料では生活できない医師のバイトも医局が紹介派遣していた。
逆に、病院側は大学病院の派遣する医師を下手に断ると、「今後医師の派遣をしてくれなくなる」可能性があると考えて、断れなかった。
また、医局員以外の医師を雇用すると、医局に刃向かった事になり今後の派遣を打ち切られる可能性があるため、なかなか自分達で医師を雇用する事はできなかった。つまり病院側は医局の人事の言いなりであった。
しかし、医局という古いシステムが崩壊し、インターネットの登場により医師の求人やバイトの情報がどこにいても誰でもアクセスできるようになり、医師という人材が急に自由化した。
一部の人気病院は医局の派遣を断り、自前で医師を十分確保できるようになった。
そうではないほとんどの病院は、未だに医局から派遣を受け入れているが、一部は自前で調達した人材、というような病院もある。
このように自由化した市場は、常に市場原理が働く。需要と供給で値段が決まっていく。だからこそ専門性が高いと値段は高まるし、誰もやりたがらないような内容や行きたがらないような病院のバイト代は高い。
本来の勤務よりも給与効率が良いバイトというものを、やらないという医師は少ない。医師も神ではなく、親や子供を大切にする、人間なのである。医師とバイトは切っても切り離せないのである。
それでもなお、バイトだけをやる年収4800万の効率の良い医師が少ないのには、理由がある。
怯える医師達
それは、やはり職の不安定さに怯えているからである。
バイトだけでやっていく、と言って医局をやめたとして、ずっと同じバイト先で働けるかは限らない。
何かヘマをしてクビになるかもしれないし、患者から苦情がきてクビになるかもしれない。医局に入っていれば、また別の病院へ紹介してくれるだろうが、自分1人で職場を探す事にはある程度のリスクを伴う。
市場原理に則った給料をもらうという事は、市場原理に則った人材競争にさらされる、という意味でもある。
こういう不安定さ、ちょっとしたリスクに怯えて、医局の言いなりになっている医師は未だに多い。
もちろん、彼らには守るべきものがある。
大抵は奥さんは働いていない専業主婦だろうし、広い土地に高い家を建てただろうし、子供はたくさんいて私立の学校に通っているだろう。生活にお金がかかるのだ。
そういった状況で、不安定さやリスクを許容できる医師は、あまりいない。
結果、バイトだけガンガンやる医師というのはあまりおらず、市場原理が完全には働く事がない。そして上記のような状態になっている。今後徐々に是正されていくだろう。
バイトだけで生活していますが、快適です
医者として働いていると、時々常勤で働くのがバカバカしく思えてくる時がある。
バイトだけで生活した方が理論上は給料が高く、待遇も良い。変なしがらみも無く、気楽。
もちろん保証が無い生活や、漠然とした不安感はあるものの、それを差し引いても僕の目には魅力的に見えた。
猫のように自由に生きているバイト医やフリーランスの先生が輝いて見えた。
そして僕は
バイトだけで生活したい
と思うようになり、常勤をやめた。
医局に入って常勤+バイト、という古いキャリア
今までの医師のキャリア形成は、基本的に2つしかなかった。
医局で出世し教授を目指す道と、開業し地域の町医者として根付く道。しかしこれらは過去の物になりつつある。
Twitterで行ったアンケートでは、教授を目指してキャリア形成をするという人がたった12.8%だった。もはや教授を目指そうとする若手は、いまやマイノリティなのかもしれない。
時代と共に過去の常識は覆され、変化していくのが世の常。
現代に生まれたフリーランス、バイト医という道も医師の1つのキャリアとしてアリだと僕は思う。
医者がバイトだけで生活するために必要なモノ
医師がバイトだけで生活するのに必要なモノは
- ある程度の経験と知識
- 自己アピール力
- 高いコミュニケーション能力
- 守られた世界から飛び出す勇気
- 同じバイトで生活している医師仲間
- 定期的に行う自己研鑽
- バイト先を紹介してくれる会社
の7項目。
1、ある程度の経験と知識
言わずもがな、バイト医やフリーランスには確かな腕が必要。
過去の経験、知識から成り立つ「医師としての技量」が乏しい医師は、中々バイトだけで生活していく事はできない。
そういった医師になるためには、若いころにある程度の修行期間が必要になる。
僕も新人の頃は本当にボロ雑巾のように働いて、専門医に必要な症例数の5倍くらいの量を、最初の2年間で担当した。おかげで仕事はかなりできるようになったが、心身ともに疲れ果てていたのを覚えている。
2、自己アピール力
医師としての技量も必要ながら、その技量を「スゴい」と周りに見せつける能力も必要になる。
そして最終的には、働いているスタッフや院長に
この先生は医者としてデキる
と思ってもらう事が、バイト医には必要だ。
実際にそう思わせるためには、スキルがあるだけではダメ。スキルを持っていて、かつそのスキルを見せつけなければならない。
なぜならば、バイト医というのは労働時間が短くインターバルが長いから。
ずっと一緒に働いている医師であれば、別に黙っていてもその医師がデキるかどうかなんてわかってしまう。いくら取り繕ってもメッキは剥がれる。
しかしながらバイトでたまにしか合わない場合、バイトの先生がどれくらい能力のある人なのか、黙っていてもわからない事が多い。わかっていても間が空いてしまって忘れてしまったりする。
だからこそ、バイト医にはスキルを見せつける能力も伴って必要になる。
逆にスキルが高くても見せつける能力が低ければ、周りから「医師として技量のある人」だと思われる事は難しいかもしれない。
ちょっと見せびらかすくらいのイメージで構わない。医師は自己アピールが下手な人が多いので、ここでも差をつけよう。
3、高いコミュニケーション能力
職場のスタッフに医師として認められるためには
- スキルを持っていて
- スキルをアピールする
事が大事だと述べた。
それと同等、下手すればそれ以上に大事なのが、コミュニケーション能力である。
職場のスタッフに
この先生とだと働きやすい
と思ってもらうためにも、患者さんの満足度を高めるためにも、医師にとってコミュニケーション能力は必須だ。
ではコミュニケーション能力の高い医師とはどういう事なのか?
それは周りのスタッフが「この先生は話しかけやすい」と思われる存在になる事だ。
そうなるためには、まず基本的に怒らない事。
キチンと挨拶をする事。
仕事をこなすだけの機械にならないよう、たまに雑談してコミュニケーションを円滑に行う事。
これらを意識して少し努力するだけで、大きな差別化ができる。
僕としてはオススメしたい。
詳しくはこんな医師は転職できない?転職やバイト紹介に不利な人材とはへ。
4、守られた世界から飛び出す勇気
いくら能力があっても、勇気がなければバイトだけで生活する世界には入れない。
逆に勇気だけあっても、バイト医としての寿命は短いだろう。
医師としての修行期間を経て、慣れ親しんだ環境を捨てる勇気を持ち、かつ行動にうつせた人だけがフリーランスやバイト医としてのキャリアをスタートさせる事ができる。
5、同じバイトで生活している医師仲間
個人的に思う、フリーランスやバイト医の最大の敵は、孤独感だ。
病院や医局で仲間達とワイワイやっていた頃と比べて、院内のスタッフも基本的には「外からやってきた先生」として自分のことを見る。
多少なりとも壁を感じてしまうだろう。
そんな環境から生まれる孤独感に、自分が一体どれくらい耐える事ができるのか、という事については想像しておいた方が良い。
基本的に人間は孤独に耐えられない。
もちろん、守るべき家族がいて、お金を稼ぐための手段だと割り切って仕事ができるのであれば、それはそれでアリだと思う。家に帰れば大事な人がいるのだから、孤独感もそんなに感じないだろう。
しかし独身であったり、社会的に人との関わりが少ない場合、仕事上での人間関係が希薄になってしまうと、本当に孤独になってしまう。
そうならないためにも、フリーランスやバイト医同士で連絡を取り合ったり、積極的にコミュニケーションを取ろう。似たような環境で働いている仲間内がいると、やはり安心感もあるし心強い。
6、定期的に行う自己研鑽
フリーランスやバイト医になってしばらくすると、自分が勉強した医学知識や手技、使う薬や用法用量などが徐々に古くなっていく。
医学は常に進歩するので、時代についていくためには一生勉強し続けなければならない。
病院や医局に属していた頃は、定期的な勉強会や論文査読会があったりして、定期的に勉強する機会に恵まれている。
しかしフリーランスやバイト医ではそういった外部圧力が無い。自発的に勉強をしなければ、自分の知識や技術はアップデートされない。
自発的にに勉強会に参加したり、医学雑誌や論文を読んだり、定期的に自己研鑽を積んで、自分の脳内をアップデートしよう。
7、バイト先を紹介してくれる会社
何と言ってもバイト先を紹介してくれる会社がなければ、バイトだけで生活していく事はできない。
フリーランスやバイト医にとって、紹介会社は戦友とも呼べる存在だ。
僕らがバイト先で努力して、良い評判をもらえると、紹介会社の評判も上がる。
そうすると紹介会社からの僕らの評価も上がり、良いバイト先をエージェントから優先して教えてもらえるようになる。
まさにwin-winな関係、ポジティブフィードバックが働く。
そこで生まれた信頼関係が強固であればあるほど、フリーランスやバイト医の生活は安泰だと言えよう。
働き方に関して言えば、それは人それぞれで
- いくつかの非常勤先+たまにバイト
という人もいれば
- 全部バイトだけ
という人もいる。
スタイルによって頼る会社の傾向は異なってくるが、スタイル別の頼れる会社については医師のスポット、非常勤バイトを探すのにオススメのサイトは?現役医師が比較してみたにまとめてあるので興味がある人はそちらを見て欲しい。
「バイトだけで生きている医者」の増加は崩壊の始まりか
僕は今後、日本が衰退し税収が減り、医療費にかけられる歳出も減ると思っている。そうすると、医師の給料も減ってくる事は目に見えている。
そして、医師という人材業界の自由化の流れは、今後も止まらないと思う。
インターネットがクローズドな市場をオープンなものへと変えてしまった。
そうなった時に、医療に疲弊せず国に潰されることなく、唯一勤務医として成功した人生を送るためには、今のうちにどんどんバイトをして稼ぐというのは良い方法かもしれない。
今後医療費が削減され医師の給料全体が減ったとして、かつ市場原理がより働き勤務医の給料とバイトの差がどんどん無くなっていくとする。つまり、バイト代が下がり、医局の派遣で働いている常勤勤務医の給料が増える、という未来である。ならば、今最も得をしているのは今バイトをガンガンやっている医師である。
だとするならば、医師バイトドットコムのような会社に登録して、バイトをして今のうちに稼ぎ切ってしまうというのは悪くない手段かもしれない。
なおフリーランス医師の場合、多くは非常勤とバイトの組み合わせで収入を得ている。
上記の予想はあくまで予想であって正しいかどうかはわからない。しかし、今の時点で給料とバイトの差がこれだけある、というのは明らかに異常であり、このままの状態で変わらない事はない、という事は確かだと言える。