高校生の頃、とにかく医学部に入れば良いと思ってた。
周囲のほとんどの人が部活や恋愛、あらゆる青春を謳歌している中、特に遊びもせずただひたすら勉強した。
頑張って勉強して医学部に入れば、その全てが報われると思ってた。
大学生の頃、とにかく医者になれば良いと思ってた。
頑張って勉強して医学部に入って、また大学に入ってからも勉強ばかりしていた。
もちろんある程度は遊んだ。酒も飲んだしフェスも行った。セックスもしたし浮気もした。
それでも基本的には、勉強していた。
講義を受けテストを合格し、解剖の実習をしたり病理標本を見たり、病院実習に出たりレポートを書いたり。大学時代6年間の50%は勉強に費やした。
そして僕は、念願の医者になった。
医者になって得た物
ふと、ある時僕は思った。
医者になって得た物って何だろう?
まず思い浮かぶものは社会的地位。
周りの人から「お医者さん」という目で見られるのは悪い気分ではない。
伴って、女性からも多少はモテる。
やはり医師免許を持つ男は女性にとって魅力的らしい。日本では資産が多い人よりも給料が高い人が「お金持ち」だと思われる傾向にある。
次に、命を救う事に対する自信。
人が死にそうな時、自分はその人を救命するのに必要な能力を持っているという、自信がある。
あとは少しのお金。
それほど莫大では無いけれど、一般的な平均よりは確実に高い給料をもらっている。忙しく使う先も無いので、お金は溜まっていく。
最後に、患者さんの笑顔と謝意。
自分より年上の、人生の先輩に深々と頭を下げられ「ありがとうございました」と明確に言われる職業は、中々無い。
医者になって失った物
医者になって失ったものも、たくさんある。
1つは青春時代。
高校時代の時間をほとんど勉強に費やし、高校生らしい事は一切やる事ができなかった。
1つは家族との時間。
犠牲にしたのは青春時代だけではない。家族と過ごす時間も失った。
僕は大学進学と同時に家を出たので、高校生までが僕の子供時代、家族と共に過ごす時間だった。
高校時代、家族と顔を合わせる時間は、朝と夜の食事の時間合計90分程度のみ。特に何かを話すわけでもなく、無下に3年間の時間を過ごしてしまった。
今となっては青春時代を謳歌できなかった事よりも、かけがえのない家族と過ごす時間を失ってしまった事、これが僕にとっては何よりも悲しい。
僕が要領よく、遊びも勉強も、家族と過ごす時間も全て大事にできれば良かったのだけれど、それほど器用では無かった。
1つは自分の興味。
興味のある何かに向かって、時間と努力を全力で投資する事が無くなった。
本来であればそれが仕事であるべきだ。むしろそうでない物に人生の大半の時間を投入するなんて、なんとバカバカしい事だろう。
しかし僕はそれほど医学に興味もなく、医師という仕事に没頭できるほど熱意も無いらしい。
医者になったって、当たり前のように人生は変わらない
医者になって得た物もあれば、失った物もある。
悪かった事もあれば、良かった事もある。
でも人生は変わらない。
普通に労働者としての毎日が待っていて、これからも労働者としての毎日を過ごすのだろう。
特に劇的な事もなく、日々の業務を淡々とこなす。起きて食べて仕事して、帰宅して食べて寝る。この繰り返し。
医者になれば人生が変わる、勝ち組になれると思っていた僕の思惑はどうやら甘かったようだ。
冷静に考えれば当たり前だ。
僕は何になりたかったんだろう。どうなりたかったんだろう。
小さな頃、何に興味があったんだろう。没頭できる何かは何だったんだろう。思い出せない。
そうやって特にイメージせず時間だけ過ぎて、いざ現実を目の前にすると、思い描いていたイメージと違う事に気付く。でももう四半世紀も時間は過ぎて、後戻りできない。一から考えて始め直すのには、あまりに膨大な時間をかけ過ぎた。
これから医学生、医師を目指す若者がこれを見ているならこれだけは言いたい。
未来をイメージせずにただ漠然と生きるのはやめろ
君が医師になる頃には、後戻りするには遅すぎるくらい、時間と労力がかかっている。
その時に判断するのでは、遅い。