僕が初期研修を終えて大学病院で勤務した時、驚いた事がいくつかある。
まず仕事がものすごく忙しい事。
特に若手は雑務に追われ、本業である医業に中々集中する事ができない。
次に症例がかなり特殊であるという事。
これはやはり、研究機関であり周辺地域最大の医療機関である大学病院だからだろう。
そして最後に、大学病院で働いている医者の給料が、驚くほど低いという事。
どれくらい給料が低いのかというと、普通に看護師や技師さん、療法士さん達よりも低いと思う。何なら事務員よりも低いかもしれない。
大学病院の勤務医の月給
最初は額面を見て驚いた。
総支給22万円、去年の住民税などを抜いて振込額は12万円。
1年前に市中病院にいた時は、月70万〜80万くらい貰っていたので、その額面での住民税がかかってくるため上記のような計算になる。
何かの間違いじゃないかと、最初は思った。
当直手当や残業代など、基本給以外の給料が支給されると、少しマシにはなったが、それでも月25万円程度だった。
年収にすると300万円くらいだろうか。
上の先生に尋ねて見ても、決して多くはない金額だった。上級医でも月30〜40万も貰っていない。
夜勤を普通にやっている看護師さんだと月30万はもらっているそうで、その手取りで言えば正直その人達の半分くらいしか貰っていない。
大学病院の勤務医の給料が低い理由
仕事が忙しく雑務が多く、それでいて給料がべらぼうに低い、大学病院。
なぜ大学病院の給料は低いのだろうか。
この質問はこう置き換える事ができる。
なぜ低い給料であるにも関わらず、大学病院に医者が集まるのか。
まさにこれに尽きる。
1、専門医を取得するため
最も多くの医師がこの理由で大学病院勤務を甘んじていると思う。
医師になって専門科を決めた後、一般的には専門医機構が発行する「専門医の証」を手に入れるために、医師は努力する。
専門医取得に必要な症例を経験するためには、症例が豊富な大学病院や大きめの市中病院で勤務する必要がある。
その選択肢の1つとして、巨大な大学病院は未だに重要なポジションを担っている。
昔は大学病院に必ず行く必要があったのだが、今はそうではない。
研修制度が変わり市中病院が充実化してくると、そちらの方にも症例が集まるようになり、必ずしも大学病院で働かなくても専門医を取得する事ができるようになった。
最近は時代を逆行させるような動きがみられるが…。
少なくとも2018年現在、専門医を取得したい若い医師が、大学病院で低い給料でも良いからと働いている。
2、研究するため
大学病院の3つの機能は、臨床、教育、研究だと言われる。
大学病院はあくまで病院なので、一般臨床としてのはもちろんの事、若手医師や医学生に対する教育機関でもある。
医学を修める医師という職業も、臨床医学に興味がある人もいれば、研究医学に興味がある人もいる。
医学研究を行う場として、大学病院は適した場所である。
国からの科研費、珍しい症例が周辺病院から集まってくるハード面での環境、様々な知識を持った医師が集まっているソフト面での環境、共に揃っている。
研究を行うために、大学病院での低い給料での勤務を我慢している医師も多い。
3、安定のため
医局という組織に属すと、基本的には年次を重ねて出世し、下に入ってくる医局員を従える事ができる。
やはり特定の組織に属し、そこで安定を得たいという医師は多い。
最近は時代が変わってきて、医局に属していれば将来は安心、なんていう事は全く無いと僕は思う。しかし中には「医局に入っていれば安全」だと思っている医師は多い。
むしろそう思う医師が多ければ多いほど、医局に人が集まって医局の力が増大、本当に安全な環境になる、という因果関係があるのだが…。
また話は変わるが、医師は安定志向がより強い。
おそらく受験エリートだった彼らは大きな失敗する事なく人生を歩んできて、失敗に対する免疫がない。
失敗を過度に恐れる傾向がある。
医局システムとは、そういった集団の性質をうまく突いたシステムであった。
大学病院で働く勤務医はどうやってお金を工面しているのか
では、そんな薄給で大学病院の勤務医はどうやって生活しているのだろうか。
もちろん他にお金を稼ぐ手段があり、それを使っている。
外勤(バイト)だ。
給料の不都合な真実にも書いたように、医師の通常勤務よりもバイトの方が、なぜか単価が高く設定されている。
逆にこの高単価設定が、大学病院で修行している若い医師や、研究者、医局に属している医師の給料を下支えしていると言って良い。
大学病院でもらう給料が月20万でも、外勤で60万稼げば合計80万。生活水準を変えることなく生活できる。
バイトで稼げなくなる時代が来たら、大学病院の医師はどうなる?
しかし医師のバイト代、人材費は昨今の医師人材の自由化の波を受け、市場原理に晒される事になった。インターネットを媒体とした医師人材紹介会社が浸透してきたからだ。
市中病院を経営している院長からすると、外注した仕事の単価が下がった方が病院経営上は嬉しい。
いくら大学病院や医局との関係性があるとはいえ、医局派遣の医師を高単価で雇うより、半額で同質の仕事をしてくれるバイト医に外注したくなる心理は容易に読み取ることができよう。
こうして病院が支払う医師への外勤費(バイト代)が市場原理に晒されて下がると、大学病院勤務の医師は経済的に困窮することになる。
それにより医局崩壊の方向へ力が働くのか、それとも大学病院が医師に支払う給料を上げるのか…。
未来はどうなるか、わからない。