医局をやめたい、転職したい
と思っている医師は多いはず。そしてそう思っている人は、必ず搾取されている側の人である。
どんな組織にも言える事だが、組織というのは上層部が特をし下層部が損をする。
だからこそ下層部の人間は上層部に行こうと努力するし、そのために多少の理不尽に耐える事ができる。
しかし、この「上層部に行けば救われる」という幻想が、医局という組織においては徐々に崩れ始めてきている。
その原因は様々で
- スーパーローテート
- 少子高齢化
- インターネットの出現
などである。いずれにせよ、今後この流れを止める事は難しいだろう。
そしてそれを鋭敏に察知した若手は地方の不人気医局を敬遠し、やはり盤石だと思える地域の強大な医局はむしろ若手を集めている。
このように医局は、強い二極化傾向がある。
最も損をしている医局員は
このような状況下で最も損をしているのは、崩壊しつつある地方の医局にいる中堅医師である。
彼ら若手の頃、「上層部に行けば救われる」という幻想を信じ医局に滅私奉公した。
一番遅くまで仕事をして、仕事が終われば上司の研究を手伝った。学会準備や調べ物で土日をつぶした。
彼らは時間もお金も無かった。
あるのは「いつか医局で上に立てたら楽になる」という根拠のない信頼と、1つの事に没頭できる若さと、それに耐えられる体力だけだった。
しかし彼らは上層部になっても救われない。
増えない医局員、楽にならない業務、増える患者。彼らの行き先は行き止まりなのである。
行き止まりの道を歩き続けてしまう3つの理由
彼らのほとんどは、行き先が行き止まりである事をわかっていながら、医局をやめる事ができない。
理由はいくつかある。
1、サンクコストの呪縛にとらわれている
まず彼らはサンクコストの呪縛にとらわれている。
サンクコストとはサンク(沈んだ)コストという意味で、回収不可能なコストの事である。ここでのサンクコストは彼らの医局に対する労働、滅私奉公の事である。
もう将来に見込めると思っていた「医局からのリターン」は見込めない。彼らの労働や時間は既に沈んだ(サンク)コストなのである。このサンクコストにとらわれる事は、人間の行動を不合理にしている。
ボーイングという飛行機をご存知だろうか。
ボーイングを開発していた際、最初は良かったものの、徐々に計算をすると仮に開発が成功したとしても採算が合わない事が判明した。
しかしもう既に多額の研究開発費をかけてしまっており、それらの回収不能コストがもったいないという理由で開発を続行、最終的に莫大な損失を出した。結果はわかりきっていた。
もし採算が合わない事が判明した時に、研究開発を打ち切りにしていれば傷は浅く済んだ。
他にもサンクコストに我々人間がとらわれる事は多々ある。
例えば映画館に入って見始めた映画がつまらなかった時、合理性だけで言えば「つまらないと感じた時点で映画館を出る」のが正解であるが、せっかく払ったお金が勿体無いから最後まで見てしまう。
そして予想通りにつまらない。もし途中で映画館を出ていれば、失った数時間を有意義に使う事ができた。サンクコスト(映画館代)にとらわれた結果、時間を失った。
このように、既に崩壊が進行している医局組織に属している中堅医師は、若かりし頃の滅私奉公というサンクコストを回収しようとして心理的に医局をやめる事ができない。
そのうち徐々に周りがやめていき、自分はやめられない雰囲気になっていた、なんて事はよくある話である。
道を変える能力や環境がない
行き止まりである事を察知した中堅医師がとる事のできる道は2つある。1つは開業、1つは転職である。
開業はそもそも限られた科でしかできない。自分の専門が心臓血管外科だからといって、心臓血管外科で開業する医師は少ない。
このように開業できるようなスキルを有する科かどうかというのは1つの大きなフィルターになる。
究極的には自分の専門以外で開業すれば良いのだが、中堅になるまで他科の知識や経験がないまま過ごしてきてしまった医師にとっては勇気がいる。
また、臨床の第一線を離れてしばらく経つ、という中堅〜ベテランの医師は、転職という自由競争が繰り広げられる市場に参加できないかもしれない。
このように、開業や転職をする環境や能力やない場合、行き止まりだとわかっていながらも道を進むしかないという医師が一定数いる。
道を変える勇気がない
勇気が出ない、というのも人の判断を鈍らせる一つの要素である。
特に中堅になってくると、ローンで家を買い子供が私立の学校に入り、何かと経済的負担が増える時期である。
そういった時期に
開業や転職なんてうまくいくのだろうか
と不安になる。
人口が減り、国が医療費を減らそうとしている今の日本でさらなる借り入れをして開業して、本当に大丈夫なのだろうか。
医局のバックアップに頼り切って生きてきた自分がいきなり転職して、自由競争にさらされてやっていけるのだろうか。
開業、転職、両方に不安になる。
いきなり開業はハードルが高い
開業をするというのは、なかなかに思い切った判断である。なぜならば開業するとは、借金をして未来の自分に投資する事だからである。
開業医として人気が出て、患者がたくさんきて、スタッフも充実し、病院経営がうまくいくという未来を自分が作る事ができる
そう思えなければ開業はできない。
そして後戻りができない。高額な医療機器を購入し億単位の借入金を作るし、建物と土地というハードが出来上がってしまう。自分がいないとその病院はまわらず、病院がまわらないと利息の支払いすらできなくなってしまう。
一度開業すると後戻りが効かないのである。
とりあえず自分の市場価値を算定してもらう
開業がダメならば、残るは転職しかない。
しかしいきなり転職といっても、開業とは違って借入金無いとはいえ、かなり勇気がいるだろう。
なぜならば、自分が日本の医師人材業界でどれくらいの価値があるのか、なかなか判断できないからだ。
実はものすごい価値が高いかもしれないし、全く価値が無くて転職しない方が良いかもしれない。
さらに言えば、どんな病院が自分に合っているのかもわからない。
自分が求めている条件で転職できるのか、合っている環境が存在するのか、なかなか自分で探すのは難しい。
条件も環境も自分の価値もわからない状態で転職をするのは、心理的障壁が大きい。そこですすめたいのはとりあえず転職エージェントに相談してみるという事である。
転職エージェントは多数の医師と面接してきて、多数の紹介先病院を持っている。いきなり転職をしなくても、とりあえず彼らに話をしてみるだけでも良いかもしれない。
- 自分の転職できるような職場があるのか
- どんな職場環境の転職先があるのか
話を聞くだけ聞いてみてはどうだろうか。
いつまでも沈みゆく船に乗って、共に沈むだけの道を進み続けてはいけない。
サンクコストに見切りをつけて、思い切って道を変えてみる。いや変えなくても良い、とりあえず自分の市場価値を知るだけでもかなり良い勉強になるはずだ。
行き止まりの道を進むのはもうやめよう。