医局崩壊とは
医局とは、医師の集合体である。その医局が「崩壊」するとはどういうことなのだろうか。
明確な定義は存在しないが、ずばり医局を構成している医師の数が減ることで、医局の担ってきた機能を維持できなくなる事であると言えよう。
医局の機能については 医者の世界独自の組織「医局」とは? を参照して欲しい。
医局が派遣できる医師の数が減り、1つの医局がカバーできる病院の数が減ると、関連病院に派遣できる医師の数が減る。
そうなると、関連病院も
え?派遣してくれないの?なーんだ頼りになんねーなー
という感じで医局に対してナメた感覚になって、最終的には
インターネットで自分たちで募集するわ
となる。
今ではインターネット上でバイトの求人情報が多数出回っており、誰でもどこでもどんな医局に属している人でもアクセスできるようになった。
転職に関しても複数の企業が転職サービスを展開しており、ネット上で明日にでもコンサルタントから連絡があって転職の話を進める事ができる。
そうして医局の力が衰えていって、魅力が薄れ医局に入る人が減っていった。
医局から医師が減るには
医局員(医局を構成している医師の事)が減るには2つの道がある。
1、医局に入る若手医師が減る
1つは医局に入る医師の数が減る事による。これは若手の医師が医局に入る事を敬遠する事で起こる。
医者の世界独自の組織「医局」とは? にも記載したように、医局の魅力はすなわち人の数であるので、人が減れば減るほど魅力が減っていくのである。
そうして悪循環的に若手が入らなくなり、魅力が薄れ、また若手が入らなくなり…というサイクルで医局は加速度的に崩壊していった。
2、既に医局に入っていた医師が医局を抜ける
2つめは、医局に入っていた医師が医局を抜ける事で起こる。
上記のような理由から若手の医師が減ると、下っ端が入ってこない中堅の医局員達は最も運が悪い。所属している医局の魅力が薄れ、また若手が減って、下っ端が減って…というサイクルに陥る。
そうした医局の体たらくを内部から感じて、中堅医師が医局を抜けるとさらに医局の魅力は薄れていく。
上層部が抜けると、医局の役割の1つである「教育」が滞る。若手の医師に教育する医師が抜けるため、より魅力の低下に拍車がかかる。
実際、近年は教授を目指す若手医師が少ない。これも時代なのだろう。
中堅医師が医局を抜けた後に進む道は大きく2つあって、1つは勤務医を続ける場合、1つは開業する場合である。
中堅医師は経験や知識も豊富なので、常勤で雇ってくれる病院はたくさんある。少なくともこのインターネットの時代、一定の実力がある医師は場所を選ばなければ勤務地の決定はさほど難しくない。
また科によっては開業という道を選ぶ医師も少なからずいる。内科、皮膚科、耳鼻科、眼科など開業しやすい科は特にその傾向は強い。
逆に開業しにくい(というかほぼできない)科も存在し、心臓血管外科や消化器外科など、大きな手術を必要とする科目はなかなか自分の専門科で開業する事が難しい。
医局崩壊の原因
さて、上記のように医局崩壊の直接の原因は「医局員数の減少による魅力の低下」であった。医局員が減れば魅力は減り、魅力が減れば医局員が減る。そうした悪循環が始まった。
しかし、この悪循環のはじまりはどこからだったのだろうか。
医局崩壊の原因については「鶏が先か卵が先か」という話に似ていて、医局の魅力が減ったのが先なのか、医局員が減ったのが先なのか、どちらなのだろうか。
初期研修先を自由に選べるようになった
答えはズバリ後者、医局員が減ったのが先である。
昔の医師は医学部を卒業すると、卒業と同時に専門科を決定し、自分の出身大学の医局にほぼ強制的に入局させられた。つまり年間に1つの大学医局に入局する人材は医学部1学年分、約100人であった。
だからこそ各県に1つ医大が存在するし、人口の多い地域には医大はたくさん存在した。そうする事で医師がいない地域を無くし、人口が多く医師の需要が多い地域には、医大を増やす事で医学部を卒業し入局する医師そのものの絶対数を増やす事で対応した。
しかし、この制度が2004年に改定された。
厚生労働省によると、医師臨床研修制度の変遷は以下のように記載されている。
(1) 昭和21年 実地修練制度(いわゆるインターン制度)の創設
国民医療法施行令の一部改正により創設。昭和23年に現在の医師法が制定され、同法に基づく規定となる。
大学医学部卒業後、医師国家試験受験資格を得るための義務として、「卒業後1年以上の診療及び公衆に関する実地修練」を行うこととされた。(2) 昭和43年 実地修練制度の廃止、臨床研修制度の創設
大学医学部卒業直後に医師国家試験を受験し、医師免許取得後も2年以上の臨床研修を行うように努めるものとするとされた。(努力規定)(3) 平成16年 新医師臨床研修制度
診療に従事しようとする医師は、2年以上の臨床研修を受けなければならないとされた。(必修化)厚生労働省ホームページより:http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/rinsyo/hensen/
2年間の初期研修が必修化された。
つまり、卒業後に出身大学の医局に入局するのではなく、自分で好きな病院で研修し好きな医局に入局できるようになった。もしくは医局に入らず、自分で病院を探し就職する事ができるようになった。
厳密には、以前から好きなように選べると言えば選べたが、その道はマイナーであった。その道を選ぶ人は少なかった。
しかし、それが覆った。
そうして 医師はなぜバイトをするのか?給料の不都合な真実 に記載したような初期研修医の「青田買い」があったりした。
これにより、当然の事ながら都会の医局や有名大学の医局に入りたい志願者が増え、また医局という煩わしい組織に所属したくない医師は、所属をせず医師人生を続けられた。
こうして人がいなくなった医局の魅力が薄れ始め、徐々に医局が崩壊していった。
インターネットが発達した
インターネットによって医師求人情報へのアクセスがしやすくなった事で、医局崩壊にさらに加速した。
大学病院など一部の給料が低い(低くても医局員が強制的に働かされるので給料が低くても医師が集まる)病院では、生活をするためにバイトをする必要があった。
そのバイト先の派遣も、昔は医局が行なっていた。たくさんお金がもらえる美味しいバイト先は上層部で分けあって、そこそこのバイト先は下っ端に与えられた。それを実感して下っ端は「早く医局で出世せねば」と思った事だろう。
そんな医師のバイトも、とうとうインターネットに掲載されるようになった。インターネットは時間と場所を問わず誰でもアクセスできるため、医局に入っている医師もそうではない医師もその求人情報を見る事ができ、かつ応募する事ができる。
スマホ1台あれば誰でもすぐに医師のバイトを探せる時代になったのだ。
こうして医局が握っている「バイト先の紹介」という1つのメリットが、消滅した。
さらにそこには市場原理が働いた。
市場原理が働く医師人材界隈
美味しいバイトは人気が殺到し、どんどんバイト代が安くなっていく。安くなっても医師が働きに来てくれるのだから、病院経営者としてはありがたい。
逆に誰もがやりたがらないような内容、行きたがらないような地域のバイトは値段が上がった。
このように、本来医局という閉じられた空間で上層部だけがうまい汁を吸っていた案件が市場に解放される事で、市場原理にさらされ平均化した。
そうすると、医局で出世する旨味が減ってしまう。
先ほどまで
早く医局で出世せねば
と思っていた医局員は、やる気を失う。
インターネットによってバイト案件は誰でもアクセスできる状態になり、市場原理によって極端に美味しいバイトというものは無くなったからである。
こうして、医局のバイト紹介機能は、ほぼ地に落ちた。
医師の需要が急増した
しかし、いくらインターネットによって医師の求人情報にアクセスできるようになったとはいえ、肝心の求人数がある程度なければ意味がない。
近年、日本は高齢化し患者の数が増え、医師の需要が増加した。これによりインターネット上での求人情報は山ほど生まれた。
この現象により、ことバイト派遣機能に関して言えば、医局の力はインターネットに敗北した。
医局の価値が相対的に低下する事を後押ししたのは間違いない。
医局崩壊の効用としての地域医療の崩壊
医師という人材に市場原理が働くようになった
市場原理が働く、というのは健全な事である。大変で難しい事をしている人の給料が高く、そうでない人の給料が低くなければ、大変で難しい道に進もうとする人の数が減ってしまうからである。
医師という人材が市場に解放された事は、社会から適正な評価を受けるという意味では非常に価値のある事である。
地域医療の崩壊
どんな田舎の医学部でも、定員は100名である。そして、彼らは卒業してからその大学の医局に所属し、周辺病院および大学病院に勤務し、その地域の医療を支えて来た。
しかし、初期研修先が自由化された事で都会や地方の有名大学など、特定の地域に医師が集まるようになった。田舎であったり、不人気な医局は敬遠された。
結果的に、不人気地域や不人気医局地域医療を担う医師が足りなくなり、残された医師達の負担が増加し、医師の一斉退職などが起こって地域医療が崩壊したと言われている。
医局を復活させたい人達
古い医局制度を復活させたい、そう願う人たちは少数だがいるはずである。
田舎や不人気医局の上層部達である。
医局を復活させるには
医局を復活させるには、若手医師に明確なメリットを享受する事が必要である。高給で釣るのは簡単だが、金銭的なコストを考えるとこれを続けるのは無理がある。
新専門医制度を使って医局を復活させたい人達
そこで、専門医制度というものを厚生労働省と共に改定した。
専門医というのは、専門医機構というその道のプロが集まって作る有識者会議にて決定される。受けるまでにいくつかの基準をクリアせねばならず、試験も存在する。これらを運営しているのは、医師達であった。
そこに厚生労働省が入って来て、こう言う。
新しい専門医制度にしましょう。そうすれば医局が復活できます
厚生労働省としては「医師の専門医認定の権利」に組み込めるので、新たな天下り先を生み出すチャンスとなる。
医局上層部としては、もし本当に医局が復活するのであれば若手医員という「便利なコマ」が増えるためありがたい。
まさにwin-winというわけだ。
では具体的にどうするのか。それは、特定の地域ごとに排出できる専門医の数を限定するという方法である。
例えば眼科になりたい、という医師が100人いたとする。うち都会で70人、田舎で30人いたとする。
従来であれば、手術を何件やるとか、この疾患を治療するとか、特定の経験を積んで試験をクリアすれば、全員眼科の専門医になる事ができた。つまり下記のようになっていた。
- 【都会】希望者:70人、排出可能数:無限 →70人の眼科医が誕生
- 【田舎】希望者:30人、排出可能数:無限 →30人の眼科医が誕生
しかし今回の新専門医制度では、地域ごとに排出できる専門医の数を限定しているので、下記のようになる。
- 【都会】希望者:70人、排出可能数:50人 →50人の眼科医が誕生、20人の人は他地域に行くか専門科を変えるしかない
- 【田舎】希望者:30人、排出可能数:50人 →30人の眼科医が誕生
つまり、100人全員が眼科医になる事はできない。特に都会や人気の地域であぶれた人は、田舎の地域に行って自分の進みたい科に進むか、専門科を変えるしかない。
これは新しいメリットを享受するのではなく、若手医師全員に不利益を被らせ、田舎など特定の地域で医師として働いた者にだけその不利益をチャラにする、という手法で相対的なメリットを作り出した。
はっきり言ってクソである。
しかし、財源が無く徐々に衰えていく日本が考え出せる案としては、これくらいしか無かったのかもしれない。
こうして医局を復活させたい医局上層部と、医師の専門医認定の権力を狙う厚生労働省がタッグを組んで新たな動きを作り出した。2018年現在、徐々に新専門医制度が始まって来ているが、今後どういう動向になるかはわからない。
そのうち、専門医を取得するのに田舎での地域医療の従事を強制させたり、専門医取得と引き換えに医師不足地域での労働を強制する事で人材の偏在を解消させようとする動きが見られるかもしれない。
奨学金による将来拘束
最近盛んになっているのは、医学生に「奨学金」という名目で借金をさせるという手法である。
これは医学生に数万〜30万を毎月貸与し、特定の期間だけ指定した田舎地域で医師として労働すれば返さなくて良い、借金をチャラにする、という方法で地域へ医師を派遣する方法である。
そうして特定地域の医師を増やし、彼らの一部でも医局に入れれば若手医員は増えるという算段なのだろうと思う。
奨学金の主導は医師不足地域の地方自治体である事が多いが、一部では病院独自に行なっている病院もある。
額としてはかなり大きく、月20万を6年間もらうと1440万にもなる。
逆にこの制度を使えば、大学時代に仕送りをもらわずに生活できるため、家庭が経済的に貧しい学生も医学部を目指せるようになった。その代わり将来は拘束される事になる。
これに関しては是非があるが
どんな地域で働いても良いからとにかく医師になりたい!
という人にとっては良い制度である。
医局の未来
医局に影響を与えたのは、厚生労働省の制度変更、人口の推移、インターネットによる技術革新であった。
今後医局に影響を与える要素として、遠隔医療や新専門医制度など、多くの要素が複雑に絡み合ってくる。これらを完璧に予想し動くことは不可能だろう。
しかし、これだけは間違いなく言える。一度自由化した市場は完全に元には戻らない。
昔のような封建的で閉鎖的な、古い医局には絶対に戻らない。
人間、一度生活水準を上げると下げられないのと同じで、一度広い世界を見てしまうと狭い元の場所には戻れないのである。
この変化の時代に、いち早くその変化に気づき、そして臆せずに誰も飛び込んだことのない道に飛び込み、最も素早く変化に対応できた者が大きな果実を手にする事ができるだろう。